ポッポチーヨ!

文鳥を飼っているのか、文鳥に飼われているのか。備忘録替わりの日記です。不定期更新。

文鳥のお弔いのこと

ハナの亡骸は二晩夫と過ごした後、ベランダのプランター墓苑に弔った。

 

 

墓苑だなんて御大層な呼び方をしてはいるが、単にプランターを1つ文鳥の埋葬用にしているというだけのことである。
文鳥を飼い始めてから、まだたったの6年だが、結構な数の文鳥がここに眠っている、ことになっている。
一昨年などは、あまりにお弔いが続いたものだから、前に弔った子の亡骸をうっかり暴いてしまうことさえあった。

 

実際のところ骨は、ことに頭がい骨は割とそのままの形で残っているもので、穴を掘っていて丸いものがコロンと出てくると、とても申し訳ない気持ちになる。
まあ、こんなところに彼らの魂はもういないのだろうし、かつて鳥だった頃より自由に羽ばたいているのだろう、などと勝手な妄想を巡らせつつ、埋め戻してしまうのだが。

 

ハナが一番好きだった夫に意向を聞いたところ、ポーのように火葬も考えたが、先に往った兄や子供たちもいるプランター墓苑のほうがハナが寂しくないだろうとのことだった。

 

寒冷地ゆえ、今時期はプランターの土が凍っていて、半日ほど室内に置いた程度では半分も溶けなくて、どうにか穴を掘れたのはプランターの隅のほう。
それでも、その場所はなんだか、気弱でいつも遠慮していたハナらしい気がした。

 

ポーを亡くした時は、私がどうしても手離し難くて、そばにいてもらうために火葬にしてもらった。
なので、ポーは今も私の部屋にいる。
プランター墓苑だって、壁一つ隔てただけですぐそこにあるのだけれど。

 

 

最初にうちの子になったピコはまだ健在だけれど、その数か月後に迎えた兄妹が、これで2羽とも往ってしまったので、ピコは名実ともに最長老ということになる。
行動だけ見てると全くそんな気はしないが、活発に跳ね回る孫や曾孫達の中にあれば、まあそれなりに煤けた感じも醸していなくもないかな、といったところ。

 

考えたくはないとはいえ、目下一番その日が近い はずのピコ。
その時になったら、私はどう感じるのだろう?

こればっかりは、その場になってみないとわからない。
せめてその日まで文鳥達が少しでも幸せに暮らせるように心がけたい。

 

 

同一製品ではないと思うが似た感じのキーホルダータイプのカプセルを、ポーを荼毘にふした折にペット霊園で購入した。
個人的には分骨の時点で抵抗があるため、骨ではなく羽根を入れて持ち歩いている。


本来は火葬後、分骨した一部の骨を入れるものみたいなんだけど、文鳥の骨なら全部入りそう。
というか、分量的には(砕いていいなら)確実に入る。
遺骨は骨壺に入れてもらったが、生きてる間でも入っちゃうんじゃないかっていうぐらいに大きいモノしかなくて、どうせなら小動物用のもっと小さい骨壺もあればいいのになって、ちょっと思った。

 

(あった…これいいなあ)